第十二章 終わり際に、さらなる醜悪
もう少し、生きられたかもしれない
あれから、亡くなられた方について、どうやってそれが発覚したのか、会社へ連絡が入った経緯についての憶測などが、何人もの従業員の間で多少の話題になりました。『病院で亡くなったらしい』『ポストに郵便物が溜まっていて、警察に通報がいって部屋に踏み込んだら亡くなっていた』『名刺や不動産の契約書に記載の内容から、会社に何度も警察から電話があった』など、さまざまな話が出ました。
いずれにせよ、30年も勤めた会社からの残酷な最後の扱いにメンタルもやられ、食生活が乱れ、体調に異変をきたしたのであろうことは推測に難くありません。普通に社会生活を送れていたら、もう少し長く生きられたかもしれないという意見では皆が一致しており、かえすがえすも無念であっただろうと慮られます。

青森出身の方であったので、よく会社の近くにあった青森のアンテナショップの話題をその方とかわしたことを覚えています。お盆には青森産のリンゴジュースを2本買って献杯しましたが、その後も、思い出すたびに何度か献杯しました。
障がい者への退職強要と人道を欠いた対応
この組織の新しい人事は、ついに障がいのある社員に対してまで、社内公募で他部署へ応募するか、退職するかの選択を迫るという行為に出ていました。
驚きました。こんなことが法的にも許されるのでしょうか。”障がい者雇用促進法第36条の3”では、合理的配慮の提供義務が定められています。
さらに、退職を選んだわけでもない段階で、会議室予約のタイトルに「◯◯さん退職手続き(仮)」と記載され、全社員が見られる状態になっていたのです。
それを本人が目にしてしまい、深いショックを受けていました。
果たして人道的にも、こんな対応が許されるのでしょうか。

これまで、人事について不謹慎な絵文字を多用し、軽率なチャットを繰り返してきた部長や人事マネージャーは、そのような軽率な口ぶりや指先で多くの部署の同僚たちを追い込み、他人の人生を変えてきたのです。
解雇に追い込まれる人は、少し前までは日系の頃からいた社歴の長い人がターゲットになっているように見えていましたが、どうやら最近は去年や今年入った新しい人も含まれるようになってきました。ただし、結局のところ、従業員やその人生を大事にしない文化であることは、疑いようがありません。そしてここまで人を軽んじ、無神経に切り捨てるやり方は、決して正当化できるものではないでしょう。人の人生を変えてしまった罪の重さは、いつか必ず報いを受けるべきだと思わずにはいられません。
コンプライアンス違反上司と引き継ぎ
そしてある日、例の上司から突然、引き継ぎのMTGを入れられました。
外資の文化なのかは分かりませんが、「この日時でご都合いかがでしょうか?」の事前の一言すらない。些細な配慮かもしれませんが、こういった無神経さのストレスは積み重なります。
心底うんざりしました。
他人の給与額を平然とチャットに載せたり、チャットの中では嘘も散見され、「彼は野球を本気でやっていたから他人の給与額をバラしても大丈夫」などと論理破綻した発言をしたり、犯罪者でもない社員のPCやチャットのログを繰り返しガサ入れするようなコンプライアンス違反者が、「引き継ぎの常識」を語るのです。圧力をかけて追い込んだ相手に、どの面下げて教えを乞うのでしょうか。辞めてもらえるだけでも本望なはずです。
何名も退職を余儀なくされ去って行きましたが、どの部下についても1ミリも守る素振りもない人が上司面。上層や利すると察した相手に対してはひたすらヘラヘラとへつらい風見鶏のような人物。こんな人、誰も上司などとは思いません。
二度と声も聞きたくないとさえ思いました。
一昨年、退職を余儀なくされた前部長は、部下を守ろうとする心意気のある方だったので、なおさらこの落差に愕然とさせられます。

最終勤務日前の突然の権限剥奪
最終勤務日まで、あと5営業日…。
業務上アクセスしていたシステムの権限を、突如剥奪され、ログインができなくなりました。
まだ翌週まで勤務日があるはずなのに。
しかも、事前に一言あればまだしも、実際にアクセスできなくなって初めてこちらから問い合わせて発覚したのです。
あまりの非礼というか、これまでのこちらの業務への敬意も感謝もまるで感じられない対応に、正直、驚きを隠せませんでした。
ログインも出来ないのでは、引き継ぎはしなくても良さそうです。

考えてみたらこの1年半、辞めていった方々は引き継ぎはほとんどやっている様子は見られませんでした。色々な事情で理由をつけられ諭旨解雇など、円満とは言えない退職も多かったのでしょうが、「ああ、外資は辞める時引き継がなくてもいいのだな」とその度に思ったものです。
そもそも、不要な情報は共有しないという方針なようで、メールで関係者全員にCCをつけると注意されたり、専用の問い合わせシステムは意図的にCCとして情報共有するメンバーを手動追加をしない限りは共有はなされず情報はサイロ化する一方でした。
以前の日系の頃は少しでも関係があればメールのCCに入れたり共有メールボックスで情報共有がなされる文化であったので、これもある種のカルチャーショックだったことを思い出します。
次々と退職を余儀なくされるのに、その方々が担当していた業務が一体どういうルートでグローバルに連携・問い合わせをされていたのか、きちんと引き継がれることもなく、残った下層のメンバーがそういった案件に直面すると発生する度にただひたすら困る、という状況が続いた1年半でした。部長らはずっと、その責任すら一向に感じていないそぶりでした。
コンプライアンスを軽視する狡い上長が何を常識語ると思いきや、今度はあからさまに最終勤務日より何日も前の段階で業務から外す、という方向に出てきました。呆れて言葉もありません。調べてみたところ、退職前の業務外しは、れっきとしたパワハラであり労基法違反でした。この組織はこの期に及んでさら罪を重ねています。

さて、権利を剥奪されてしまったので、この後私のPCをいくらガサ入れされてもアラートは届きません。これまでの他の退職者の様子などを見るにつけ、おそらくすでにガサ入れはされていることでしょう。
あまりにも気持ちが悪いので、あと1週間の勤務が1秒でも早く終わることを心の底から願っています。

許せない気持ちは彼らの背中にいつまでも取り憑いて、呪い続けるとは思いますが、その役目は生き霊に任せることにして、私自身は前を向いて歩いていこうと思います。次の道のために、資格試験の勉強を始めなければならない時期がやってきました。
一方で、この会社で過ごした日々のうち、ここ1年ほどの理不尽さはやはり、一生忘れることはないでしょう。
まだ少しの間は在籍中のため、ここに書ききれていないことも多くあります。この会社のことですので、このあと来週以降に、何か起きる可能性もゼロではありません。気が向いたときに、後日再び十三章として追加します。
欧米ではメジャーなMediumというプラットフォームにて、ただいまこのブログの英語版も作成中です。
つづく
第十一章 覗かれる日常、奪われる日常
組織から見張られる不気味さ
日本時間の2025年6月4日、午後1時45分。
またもや、フォレンジック調査(ガサ入れ)が行われたようです。
ピンポイントで誰かの何かを調べたのか、複数名のログを抜き出したのかは分かりません。 ただ、あまりにも頻繁で、引くほど不気味です。

そして、2025年8月5日。 またしても、ガサ入れツールが一日に三度も発動されました。
誰の何を見漁っているのでしょうか。
犯罪者でもない従業員のチャットやメール、操作ログを、こうも頻繁に覗き見るこの会社の体質に、寒気すら覚えます。
労働基準法 第20条に反する疑い
あれから、諭旨解雇された方々のその後が耳に入ってきました。
ある方はしばらく自宅待機ののち、会社に雇われた弁護士によるヒアリングに数回呼び出されたそうです。自主退職へ追い込むための精神的揺さぶりだったのではないかとも受け取れる行為です。
その後、突然会社から「一週間後に辞めてください」と告げられ、 さらに借上社宅からも出て行くよう求められたのだそうです。

労働基準法 第20条では、30日前に解雇予告をするか、または30日分以上の平均賃金を支払う義務があります。
重大な理由ありとして、労基署長の認定でも受けたのでしょうか?
いいえ、この方もまた、自主退職に追い込まれていました。
たった一週間で、引っ越し先の契約や引っ越し業者の手配、荷造りまでできる人がどれほどいるでしょうか。 しかも、無職になると賃貸契約すら難しいのが現実です。
結果的に、その方は交渉の末に住まいについては一か月だけ猶予を得たそうですが、 それでも失業保険の受給に必要な離職票より先に家賃請求が届いたといいます。
人道という言葉が、この組織の辞書には無いのかと疑いたくなります。
死を近づけた解雇
さらに、別の方についても悲しい知らせが届きました。
4月末の賞与前日に解雇された方が、7月末に病気で亡くなったのです。

解雇からわずか三か月。
持病があったとしても、解雇が全く関係ないとは到底思えません。
解雇事由とされた件は、日系時代であれば解雇には至らなかったであろう事案でした。
そのトリガーを引いた上席たちは一切守るそぶりもなく追い込む片棒を担ぎました。組織という大きな力のもとでは無力であるから仕方がない面はあるにせよ、罪の意識を1ミリも感じていないようです。
訃報の翌日も、昨年入ってきた新しいこの部署の部長は喪に服す様子もなく、ショックを受けている風でもなく「自分は悪くない」とでも言いたげな態度で何事もなかったように陽気なチャットを繰り返しており、正直神経を疑いました。
三十年勤めた会社からの突然の、容赦のない切り捨てられ方。亡くなった方のその喪失感と打撃は計り知れず、生活の糧を失い、一人暮らしであったため恐らく食生活も乱れたことと想像に難くありません。
どれほど辛かったかと思うと、胸が締め付けられます。
亡くなった方だけではありません。去年から今年にかけて、一体何人が、不遇に追いやられ退職していったことでしょう。
本社には、きっと多くの生霊がうごめいています。
奇しくも今日は8月15日、お盆の最中です。
しかし、生き霊はお盆など関係なく、365日24時間、彼らの背中から怨念を発し続けています。

私の生霊もまた、時折その中に紛れ、彼らの後ろに憑いてご家庭まで忍び寄っているに違いありません。
彼らの最期は、決して穏やかなものではないはずです。
決断の岐路にて
そして私自身も、いま歩んでいる道の先に終わりを示す標がぼんやりと見えてきました。新しい道がようやく、いくつか見え始めたからです。
それらはイバラの道かもしれません。吹雪の中かもしれません。 どの道を進んでも山道であることには変わりないでしょう。 それでも、いつ崖から突き落とされるか分からない山よりは、恐らくまだましなはずです。

新しい道を選び、今の道が確実に終わることになったとき…
これまで現職に在籍し働いている最中であったために、ここに書けなかった多くの事を最後に書き連ね、筆を置きたいと思います。
第十二章へ続く
第十章 この4ヶ月の間に起きていたこと
昼の休憩時間を潰し形だけの説明会
年始から1〜2か月が経過した頃、おそらく誰かに指摘されたのでしょうか、申し訳程度に「とりあえず実施した」という体の新就業規則説明会が開かれました。
それも、お昼休憩の時間帯である12時から13時に…。
時間帯のせいもあってか、出席者は全体の1割ほどと少なかったようです。
とはいえ、休憩時間を柔軟にずらせる立場や部署ばかりではないはずで、出席した方の中には、まともに昼食を取れなかった方もいたのではないでしょうか。
他人には、時間外に無償で業務を行ったことを理由に始末書を書かせ、圧迫的な面談を繰り返す一方で、自分たちはお昼休憩時間に説明会を割り込ませても平然としている―
その野太い神経に呆れるばかりです。

誰のためのダイバーシティなのか
昨年から見られる傾向として、新たに入った人事担当者の方針なのか、あるいは会社としての意向なのか― 背景は不明ですが、ある人物が何らかの対象となったりハラスメントの相談があった場合に、その相手へ即座に休職を勧めるという対応がかなりの頻度で見受けられます。それどころかおそらく万が一労基署へ通報された場合の対抗策のためか、当該者の落ち度を追求し先回りで社長などへそれを通告し逆に問題のあった人物(部下)として仕立てるパターン。その数、一人や二人ではありません。そして、ハラスメントをした側は何も追求されることなく組織から守られるのです。
頻回すぎて、もはや常套手段と見なさざるを得ません。問題提起あるいは相談した側の当該者をいったん休職=戦力外の扱いにしてしまえば、組織としては無かったことにして比較的スムーズに排除へと進めやすくなる― その構図が次第に浮かび上がってきます。
今年に入って、なんと障がいを持つ社員に対してまで「休職したらどうか」などと発言していたことが発覚しました。
日本では、一定以上の従業員数を持つ企業には、従業員の2.5%以上を障がい者雇用に充てることが義務づけられています。そのような基本的な法制度すら把握していない素人が人事を務めているのでしょうか。
あるいは、「どのような人にも平等に機会を」とうたいながらも、買収前から在籍していた社員や障がい者を戦力外にし果ては排除しようとする、矛盾と非人道性に満ちた企業であるということでしょうか。
人種や性別に配慮する前に、人として最低限の尊厳とは何かを、今一度考えるべきではないでしょうか。

再びのガサ入れ:常習的社内調査
3月5日には、またもや密かにガサ入れ(社内調査)が行われました。
前回の投稿でも触れた通り、新就業規則でさまざまな締め付けの下地が整えられ、社員の警戒心が薄れた頃を見計らっての実施― ある意味ちょうど良さそうなタイミングとも言えるでしょう。
犯罪があったわけでもないのに、こうも頻繁にフォレンジック調査を実施するとは。
この会社の倫理観がどのようなものか、伺い知れるようです。

下請法無視の暴挙が常態化
3月末、外部委託していた拠点の一部部署が密かに閉鎖されました。
年末年始や会社の休業日について、
「あなた方はうちの社員ではない(委託)のだから、休んでいいとは言っていない」
そんな発言が発端となり、企業間で訴訟寸前の状態にまで発展したと聞いています。
その結果、当該部署に限らず、あらゆる部署で委託元の会社から派遣されていた人員全員が契約終了に至ったようです。
この件に限らず、昨年から当社は下請法違反に近い行為を頻繁に繰り返しているように見受けられます。
「何様のつもりなのか」と思わざるを得ない事案ばかりです。

働きに対する報酬を踏みにじる制度改訂
4月になりました。
当社では年に一度、4月末の給与日に、1か月分程度のささやかな賞与が支給されます。査定基準は、前年1月から12月までの評価および業績が反映されるとされています。
しかし、今年から改訂された就業規則では、賞与支給前に辞意を表明した場合、仮にその後も5月や6月まで勤務を続けていても、4月の賞与は支給されないことになりました。
前年の働きに対する正当な評価に基づく賞与であるはずなのに、このような不当な論理がまかり通ってしまうと、従業員の権利や尊厳といった面ではますます不信感がつのります。

ボーナス半減の私情人事
さらに、個人的な感情で賞与を半額にする― そんな人事がまかり通る会社に成り下がってしまったようです。
その際の役職者の会話を見てしまった者がおりました(それ自体もやっていることはこの会社の上司たちのガサ入れと同じであり、最低の不正行為、コンプライアンス違反モラルハザードなのですが、その件はまた別途いつか記述します)。
昨年入社したばかりの新任上司が、同じく昨年入社の人事担当に対して、こう述べていたようです。
「ゼロはさすがにリスクがあるかと」
……リスク? 本当にこの人物は「上司」なのでしょうか。
誰の、何のための上司なのか…疑問が尽きません。
発言からは、会社側の都合とリスクだけを考慮し、部下の立場や気持ちを一切顧みていない冷酷さがにじみ出ています。
結果的にその対象者の賞与は半額支給となったようですが、第三者からしてみても、この評価は前年の働きぶりを客観的に判断したものというより、好き嫌いなどの主観に基づく恣意的な人事評価に映りました。評価と報復、あるいは怨恨との境界が曖昧な運用では、何をもって公正とするのかすら疑わしくなります。たとえ裁量であっても、私情の持ち込みには節度というものがあるはずです。

賞与前日に諭旨解雇:30年の功労を無に
私の部署で、また一人… 勤続30年のベテラン社員が、賞与の支給日前日に解雇されました。
理由は、「何年かにわたり請求先が不明だったため、未請求のままになっていた案件があり、損失を発生させたから」とのことでした。
しかし、それは本当にその人一人の責任なのでしょうか。そもそも、その案件を管理・監督すべき立場にあった上司の責任は、どこにあるのでしょうか。
その人の行動からは、少なくとも悪意や不正を働こうとした意図はまったく感じられませんでした。着服したわけでも、横領したわけでもない。
解雇のタイミングは賞与の前日。
結果として、賞与は支給されず、有休までもが召し上げられた上での「諭旨解雇」となったようです。
周囲は賛否ありますが、日系の頃だったらこの事案では解雇にはならなかったよね…という意見だけは一致しています。

解雇ありきの筋書きか?
別の部署でも同様のことが起きました。今度は、公文書偽造の疑いがあるとして、勤続数十年の社員が近日、諭旨解雇されようとしています。
ここでも、同じ疑問が浮かびます。
それは本当に、その人だけの責任なのでしょうか。その人の上長には、まったく落ち度がなかったのでしょうか。この件についても、当人に悪意があったようには思えません。
昨年から続く一連の出来事を振り返るにつけ、なにか「解雇」という結論ありきで話が進んでいるのではないか ― そう勘繰ってしまうほど、不信感のつのる対応が続いています。
それらの一連の出来事を見ていたその部署の社歴30年ほどの同僚もまた、来月退社を決めていました。それらの件だけでなく、周囲で降格人事に遭い退職していった方もみえるので、お尻も冷えたことでしょう。その決断に至るのも無理はありません。

嫉妬を利用した人間関係分断工作
この会社のリスクと自身の保身だけを気にかける私の部署の新任上司は、新任人事との会話の中で、以前このブログの章で触れた、PIPにかけられている社員の給与を、その上位にあたる立場の若い中間管理職に知らせても構わないと言っていました。
目的は明らかです。
そのPIP対象の社員と中間管理職の若手とは年齢差があり、立場と給与が逆転していることから、中間管理職の嫉妬や不満を煽り、両者を対立させる狙いが見て取れます。
「彼(中間管理職)は野球を本気でやっていた過去があり、体力があるから大丈夫(受け止められる)」などと、意味不明かつ論理破綻した理由を添えていました。
嫉妬心を煽り、対立させ、部下を自然に追い詰める意図があるように感じられます。

半年かけた末の排除という冷酷
5月、ゴールデンウィークが明けた頃、PIPを受けていた社員は半年ほど経ってようやくフィードバックがあり、成果は「未達」とされ、「この部署には置いておけません」と戦力外通告を受けました。
私の部署内では、業務を多くこなしていたメンバーの一人です。最近ではむしろ、他部署でやっていたはずの業務のヘルプもさせられており、便利に使う一方で評価は下げ、減給や圧力を重ねる― あらゆる手段を組み合わせてじわじわと追い詰める、“職場いじめ”による退職誘導の構図にも見えます。
このブログの第一章で触れた、元上司の解雇時にも感じたことですが、解雇を決行する側は、当該社員たちの業務内容や業務量を一切考慮することなく、調べようとする姿勢すら見られないまま、判断を下しています。「外資はトライ&エラーなんだから何でもまずはやってみなきゃ話が始まらない」などと口にした人もおりますが、ただの無計画もしくはゴールありきで強引に進めているだけに見えてしまっているのは私だけでしょうか。
新しい買収元である外資系による変革― 数々の質の低下すらも「歓迎すべき進化」として受け入れ、風向きに合わせて向きを変える“風見鶏”のような振る舞いができる者以外は、一掃しようとしているように感じています。
半年もかけてPIPのフィードバックを行ったあげく、便利に使えるだけ使い倒して、許容量以上の業務をさせ、最終的に排除するのであれば、最初からその半年分の給与を支払ったうえで退職を促す方が、よほど人道的だったはずです。

書かずにいた理由、書き始める理由
賞与支給日が確実に過ぎるまでは、万が一を警戒して、このブログの更新も控えていました。
「そこまでは耐えよう」と目標にしていた到達点を越えた今、改めて、自身の潮時を見極めるべき時が来たと感じています。

潮時を見極めなければ、私もまた再び言いがかりをつけられ、きっとそのうち有給休暇を奪われ、減給され、解雇される…そんな未来が待っているような気がします。
踏ん切りが悪い自分も、そろそろ勇気を出して踏ん切りをつけないと…。
第十一章へ続く
第九章 露骨な人事評価と監視のはざまで
目標設定の季節に感じたカルチャーショック
どの企業にもあることでしょうが、今年も「目標設定」と「昨年の目標に対する振り返り」を提出する季節がやってきました。これらは査定のために行われる申告事項ですが、現在私はそのプロセスに強い違和感を覚えています。

具体的には、昨年、私が書いた目標の一部が削除され、さらに半分以上は新しく着任した外国人上司が勝手に決めた内容に差し替えられていました。そのことについての連絡や本人の同意を得るステップなどは一切ありませんでした。
この状況は、まるで第二章でブログに書いた、新しい外国人上司のパワハラの一環のように感じられました。これまでの日本人上司は、丁寧に話し合い、双方合意のもとで目標を設定していました。そのため、このような一方的なやり方には、大きなカルチャーショックを受けました。

昨年の目標達成の結果についても振り返りの申告が求められていますが、正直なところ納得していないため、私の目標じゃないけどな…という気持ちが根底に湧いてしまいます。それでも結果欄を空白のまま提出するわけにもいかず、形式的に内容を埋め、「やりました」という体裁を整えて提出するしかありませんでした。このプロセス自体に強い虚無感を覚えますが、こうした現実もまた新体制になったこの会社の顕著な変化/特徴なのかもしれません。
職場で感じる「スパイ」の存在とトイレの会話のリスク
ある同僚が最近、トイレで会社に関する愚痴を同僚と話していたところ、それが原因で査定面談の際に評価を下げられた、という話を耳にしました。私自身、職場のトイレでの会話が評価に影響を及ぼすことがあるとは思ってもみなかったので、非常に驚きました。会社に対する本音を口にする場として、トイレのような一見プライベートな空間が思い浮かぶのは自然なことですが、そのような場所での言葉がどこかで拾われてしまうとは、なんとも不気味な話です。

昨年から入ってきた新しい上層部のもとで「監視」体制が強化されているのではないか、という雰囲気があります。まるで「スパイ」のような役割を持つ人があちこちに配置され、誰がどんな話をしているのかを探っているように感じられるのです。
もちろん、正式にそんな役職があるわけではありませんが、言葉が想像以上に伝わりやすいこの環境では、意図せずとも誰かの発言が上層部に密告される可能性があります。

さらに不安を煽るのは、その情報がどのように扱われるか分からないことです。例えば、ただの雑談として愚痴をこぼした内容が、ある日突然「職場の士気を下げている」とみなされ、評価や進退に影響を与える可能性があるのです。実際に査定で評価を下げられた同僚の話を聞くと、私たちはもはや気軽に職場の話をする場所すら選ばなければならないのだと、改めて感じます。
早速前回の章で書いた、就業規則の改訂で大幅に内容が増大していた、懲戒につながるかもしれない事案が発生しています。
このように「何も言えない職場」になっていくことが、果たして本当に健全な職場環境なのかどうか、疑問を感じざるを得ません。
計画なき人事のツケを背負う現場のメンバーたち
第六章で書いたように、退職勧奨や圧迫面談などが繰り返され、昨年次々と退職者や契約解除者が続出しました。私の所属部署でも何人も去ってゆきました。

しかし、それらの人事は、きちんとした引き継ぎや、今後の計画を踏まえたものとは到底思えません。
結果として、現在残っているメンバーの誰かが無理に背負い込むか、あるいはベンダーに依頼する仕事が増えるだけ、という有様です。計画性を持った人事がなされているとは到底思えません。
しかも、それで業務をかぶることになるメンバーは昨年圧力をかけられた社歴の長いメンバーであることが多いのです。せめて感謝の言葉でもあれば少しは救われるかもしれませんが、現実はまったく真逆であり、理不尽極まりない状況が続いています。
仮に感謝されたとしても、昨年圧迫面談を繰り返した新入社員を含む上層部が懺悔し、土下座をしたとしても、その顔を踏みつけることでしょう。それほど許せないという強い思いが消えることはありません。

当てつけ人事の違和感
また、第一章に書きましたが、そもそも一昨年、信頼していた日本人上司が退職勧奨を受け、退職を余儀なくされた出来事がありました。その方の退職直前、一部のメンバーが急に昇進したり、待遇が変わったりする人事発令が行われました。そのタイミングや内容は、まるでその方への「当てつけ人事」のように見え、非常に複雑な気持ちになりました。
特に驚いたのは、その方の退職前わずか1ヶ月ほど前に新体制が発令されたことです。年度で言えば中途半端な、違和感を覚える時期に。人事発令は、少し待ってその方が去ったのち、落ち着いてから、区切りのいい年の変わるタイミングでもできたはずです。それをあえて急いで発表したことには、何らかの意図を感じざるを得ませんでした。この出来事を通じて、すべての外資がそうではないのかもしれませんが、「外資の人事はこんなにも露骨でえげつないものなのか」と、心底驚きと嫌悪感を覚えたのを今でも忘れられません。
この職場、果たして健全でしょうか?

建前と実態の乖離
1月から改訂された就業規則には、何らかの疾病に罹患した場合、会社指定の病院を受診するよう求められる内容が記載されていました。病院を自由に選べない企業は、日本ではこれまで聞いたことがありません。
さらに、障碍者認定後、3年が経過しても改善が見られなければ解雇という記載もありました。障碍者に対する配慮が欠けている企業姿勢が浮き彫りになっています。
表向きには「すべての人に機会を」「平等(イコール)ではなく公平(イクイティ)を」「多様性を認めよう」など、耳障りの良いキャッチフレーズが繰り返されます。しかし実態は、買収前から在籍しているメンバーに対する差別や嫌がらせ、密告、いじめ、圧迫面談、不当な退職勧奨が繰り返される、とんでもなく陰湿な職場になってしまいました。
今はまだ在籍中のため、裏にある細かな出来事すべてを語り尽くすことはできません。それでも、これらはすべて、今の時点でお伝えできる”事実”です。
第十章へ続く…
第八章 規則改定の陰に潜む恐怖
年末最後のサプライズ:新就業規則の公開タイミング
1月、新たな就業規則が施行されました。
変更については事前に組合から案内があったものの、詳細な内容が社員に開示されたのは、なんと年末最後の日。さらに、主要な部署では1日早く年末年始の休暇に入っており、社員の半数以上が新規則を初めて目にしたのは、1月6日、ほぼ「後出し」とも言えるタイミングでした。

社員を縛る懲戒規定
そしてその中身はというと…。
まず、懲戒規定の項目が大幅に増加。業務外のチャットも懲戒対象となり、会社や社員を貶める発言なども処罰対象となり、さらに会社側は社員のPCを強制的に調査する権限を持つことが明記されていました。拒否する権利は社員にはありません。
あちこちに「別途給与規定に定める」と記載があります。しかし、その肝心な給与規定はどこにも開示されていません。後に社歴の長い日系時代から居る総務の方に聞いてみましたが、その方にすら開示されていないとのことでした。

消えた恩恵と、権利
また、勤続年数が多い社員へのインセンティブについては開示されていない給与規定でなく就業規定のほうに載っていました。内容はこれまでの特別な休暇の付与から、お金の支給に変更されました。しかし、日給換算すると、明らかに価値が格段に下がっています。さらに、休職した場合には有休消化ができず、そのまま退職する際にはその有休が実質的に失われる仕組みとなりました。
過去が語る懲戒規定の先
変更内容を見て、私が思ったのは、これらが本当に「全社員」に向けた規則変更なのか?ということです。有休についてや勤続のインセンティブについてはさておき、大幅に項目を増やした懲戒については、主に日系時代から在籍しているメンバーを対象にしているのではないかと邪推しています。この1年間で圧迫面談や不自然な退職が相次いだ状況を踏まえると、今度は懲戒規定を使って特定の人々を追い詰める戦術にシフトしたのではないかと…そこまで恐怖で想像しまうのです。

雑談が命取り?
例えば、年明けに同僚とチャットで新年の挨拶を交わし、その後に「年末年始はどうだった?」といった雑談をした場合、特定のターゲットとなっている社員に対しては「業務外利用」を理由に先々懲戒処分が下される可能性が0ではありません。その結果として始末書の提出、減給、降格に至るなど想像してしまいます。さらにはその後、ほかの落ち度があれば改善の見込みなしということで再び圧迫面談、さらにはPIP、そして退職勧奨などが待っているのではと恐れています。
もちろん、これは一つの予想に過ぎません。しかし、過去1年の経験があるからこそ、今の段階でこのように感じてしまうのです。

仕事始めの不安
1月6日の月曜、仕事が始まったとき、新年の挨拶のチャットを送ってくれた同僚たちに「業務外の話や会社の愚痴などを送ると懲戒になる可能性がある」と即座に伝えるべきなのか…そんな葛藤が頭をよぎりました。これが新年早々のスタートだなんて、なんとも皮肉な話です。
懲戒規定の強化とその真意
懲戒解雇に持ち込むには、労働基準監督署の書類、つまり合理的な理由を伴った公的認可が必要だということを知っています。第三章で労働局への相談について書きましたが、その際、担当者から「こんな理由で懲戒解雇は無理ですね」と言われ、その書類に関しての話を聞いていたからです。
そう考えると、これらの懲戒規定は、自己都合退職を促すための単なる脅しではないかと思われます。しかし、脅しだと分かっていても、精神的なプレッシャーから完全に逃れることは難しく、その影響はモチベーションや健康にまで及びます。

精神的限界と自己との対話
「もうこんな生活は続けられない」――そう強く思う自分と、「夏から半年も耐えてきたんだ。もう少しだけなら、なんとか耐えられるのではないか」と問いかける自分との間で揺れる日々です。未来を考えると不安で仕方ありません。次の仕事は見つかるのか。
以前の就業規則のままであれば、昨年追い込まれ休職した約1割近くに及ぶ社員の方々のように、もうどうにもならないほどに精神的に病んでしまった場合は診断書を提出して休職し、そのまま退職するという選択肢もありました。しかし、新規則では、その場合は有休が実質的に召し上げられる形になっています。

逡巡を重ね
この年末年始の連休を心の支えにひたすら半年以上耐えた末の、待望の休暇であるはずなのに、このブログに書いているようなことばかり朝起きた瞬間から考えてしまい、まったく楽しむことができませんでした。
年末年始の連休中、本当に悩み続けました。
1月6日に退職届を出し、2週間は業務やガサ入れなどに耐え、有休消化に入って退職するか。それとも、少し我慢して、区切りの良い3月末に有休消化を逆算して退職するか…3月は一年のうちで一番求人も多い月です。
加えて、この会社は4月が前年の業績や個々の実績を踏まえた賞与の月です。もう少し耐えられ、どうにか2025年の4月を過ぎれば、雇用保険改正法で、失業保険が降りるまでの待機期間が大幅に短縮されるという話もあります。

年始早々の情報
ところが、年始早々、驚きの情報が飛び込んできました。
退職を検討する場合、たとえ4月に籍を置き業務を継続していたとしても、賞与が確実に振り込まれる4月末の給料日を迎える前に退職の意思を表明すると、今後はその賞与は支払われなくなるそうです。前年1月から12月までの実績に基づいて支給される賞与のはずですが…。
それ以前に、退職の意向を表明していなかったとしても、人によっては何かしらの言いがかりをつけて賞与を支払わないことも起こり得るのではないかと疑ってしまいます。
企業買収から6年が経過し、会社はもはやあらゆるダウングレードを隠す素振りさえ見せなくなりました。この状況では、長年勤めてきた社員たちの努力が報われることはなく、感謝もされず、改善やアップグレードが期待できるわけでもありません。そのため余計に、無理矢理にでもダウングレード前の会社を知る社員たちを退職へ追い込みたい意図がなんとなく透けて見えるようです。
心の準備
いずれにせよ、この会社での未来が長く続く選択肢はもう存在しないように思います。
どの時期で去ることを選ぶにしても、心の平穏を取り戻し、次の一歩を踏み出すための準備期間が必要だと感じています。

年始明けて仕事始めの1月6日、いつでも提出できるよう書類の下準備と引き継ぎのためのリスト作成、データ等の整理も少しずつ開始しました。
第九章へ続く…
第七章 新メンバーによる陰湿な圧力
社員を追い詰める環境の実態
8月から毎週のように続いていた圧迫面談がやっと終わったと思った矢先、今度は総務部(私の会社では最近PnC部という名前に変更されていますが、わかりづらいため総務部と書きます)からのいじめが始まりました。
この嫌がらせを行っているのは、買収後に新しく入社してきた総務部のメンバーたちです。買収以前から総務に所属していた社員たちは皆、人に対する思いやりや良識を持つ、信頼のおける方々でしたが、新しいメンバーはそうではありませんでした。

業務依頼を隠れ蓑にした嫌がらせ
嫌がらせは通常の業務依頼の対応を通じて行われます。他の部署の方々からの依頼と同じように業務を進めていると、その最中や完了後に驚くほど細かい粗探しや、理不尽な指摘が含まれる長文メールが送られてくるのです。

たとえば、「こちらの理解力が足らないようで、詳細を今一度お伺いできますか」というような普通のビジネス文書でよく使う文言に対して、「自分を卑下する表現は不要であり、プロフェッショナルとして不適切だ」などといった理不尽な批判が延々と書かれたメールが送られてきます。
後から送られてくるこれらのメールでは、業務を依頼してきた本人は宛先やCCから外されており、こういったいじめや圧力をごく一部のメンバー以外には隠そうとしているように感じてしまいます。言いがかりをつけていじめているように見えて都合が悪いのでしょうか?それとも、ただの陰湿ないじめでしょうか?
代わりに、私の所属する部署の新しい上席が必ず宛先のCCに加わっています。しかし、この上席はこの件に関して一切発言せず、何事もなかったかのようにだんまりを決め込んでおり、その態度が非常に気味悪く感じられます。
総務部、所属の部署ともに、この件のメールの宛先に入っているのは、私以外は全員「昨年後半あるいは今年入ってきた新しいメンバーばかり」です。
精神的に追い詰め、何が何でも会社都合ではなく自己都合退職へ追い込みたいのではないでしょうか。会社都合にすると、費用がかかるために…。
また、第三章で書いた始末書の一件にも通ずるのですが、もしも労基署に通告された場合でも、例えば名目上「指導の一環」などと言い逃れができるようにしているようで、姑息に感じます。

メールが恐怖に変わる日常
このようなやり取りが続いた結果、総務部からの連絡が来るたびに恐怖心が湧くようになりました。対応を避けたい気持ちと、自分が担当者である以上やらざるを得ない現実の間で葛藤する日々が続いています。一時は他の人に窓口をお願いしようかと考えましたが、それでは業務全体の進行に多少の支障をきたします。
現在は、最終的に「ここでの時間はもう長くない」と覚悟を決め、彼らに落ち度をなるべく探されないよう、必要以上に極端に他人行儀で、機械のように極々短い文面で返すことでこの状況を今しばらく乗り切るしかないと考えています。

休職者の急増とPIP制度の闇
さて、二つ前の第五章にて、今年になってメンタル休職者の数がなんと社員全体の1割に及ぶこと、また、今年の後半から「PIP(Performance Improvement Plan=パフォーマンス改善計画)」と称する圧力が行われ始めたことについて触れました。
メンタル休職した方の中には、復帰後わずか半年強でPIPを課せられた社員もいます。外資系の企業にはよくある手法であるようですが、このPIPが実際には業務改善のためではなく、退職に追い込むための圧力として悪用されているように感じられます。

ちなみに、AIにこの事実についての見解を尋ねてみたところ、非常に倫理的でまともな回答が得られました。以下にスクリーンショットでその回答を共有します。

………どうでしょうか?この回答を見て、私は苦笑せずにはいられませんでした。
AIの方がよほど人間味があり、道義的で人の心を持っているように感じてしまいますね。

もうそろそろ限界も近づいている、いや、もう通り越してまた限界点へUターン中のような状態ですが、年末年始の連休までは、どうにかたどり着けました。何章まで続くかな。
第八章へ続く…
第六章 続く退職者と、業者たかり
続く退職者の波
相変わらず他部署でも毎月のように長くこの会社に貢献してきた複数名の退職が続いています。そんな中、所属している部署でも長らく業務を支えてくれていたベンダーからの出向社員1名が先々月契約解除、先月末でまた1名が退職、今月は海外在住者1名が日本担当から外れます。このペースでいくと、もう自分を含め来年には知っている人は会社に残っていないのではないかとまで思うほどです。

そのうち1名の退職者については、今年に入って私用で休みがちになり、40日以上あった有休も残り2日の状態でとうとう退職勧告を受けたようで、自主退職するようです。
正直に言ってしまうとその退職者は、自己判断で業務を進めるあまり好きではない人でしたが、この会社の今年の人事の酷さを身をもって知っているだけに全く喜ばしい状況ではありません。口は上手くのらりくらり世渡りできるようなタイプで外資の新しい上層とは馬が合いそうでしたが、他に辞めさせようと圧力をかけ続けているメンバー達が意外にも圧力に耐え未だ辞めないために、人員補充の予算を鑑みて刃がそちらへ向かったのかもしれません。その人がどうこうと言うよりも、消えてゆく人がいると言う事実だけでやはり、周囲はなんとなくモチベーションが下がり、陰鬱な雰囲気になります。

見せかけの「自主退職」
最近、「自主退職」という言葉を耳にするたびに、嫌悪感を覚えるようになりました。その理由は、圧迫面談などでひたすら圧力をかけ、「自主退職」に追い込む行為が実際には「自主」とは程遠いものであることを知っているからです。もちろん、本当に能動的に、何の圧力も受けずに自ら退職を選んでいる人もたくさんいるでしょう。しかし、この会社におけるこの1年間の傾向は、明らかに異なっています。
「自主退職」ではなく、実際には圧力をかけて追い込み、「自主」のように見せかけた退職――それは詭弁です。時に得意げにその言葉をあえて使う場面に直面すると、嫌悪感を覚えずにはいられません。
買収前から在籍していた人員については、よほどのイエスマンで変わり身の早い風見鶏のような人物でない限り、全員一掃する計画でもあるのかもしれません。しかし、もしそれが意図的な方針であるならば、せめてお礼金を支払い、会社都合退職とするなど、多少なりとも誠意を示すべきではないかと感じます。

神にでもなったような振る舞い
人の人生をこうも簡単に圧力をかけて変えてしまうことに違和感を感じます。特に、今年新たに入社し品位のかけらもない圧力をかけ続けている側の人たちは、何人もの人生を変えて、恨みを糧にするような仕事をしていて、果たして楽しいのだろうか?と疑問に思うことがあります。神にでもなったような心持ちで、その重さや苦しみを実感することなく、他人を追い詰めることに快感を覚えているのかもしれません。
表向きは「楽しい企業」を装うかのように、エンゲージメントイベントと称した取り組みが行われるようになりました(社員との絆を深めるという偽善的なネーミングの下で)。毎月のようにお菓子配りなどのイベントが企画され、まるで子供騙しのような演出が続いています。
しかし、そうした浮かれた企画は、傍らで進行している他人の人生を大きく変えるような圧力の闇と対比され、闇を知る人間にとってはなおさら気味悪さを感じさせるものです。

まさにこの状況を言い表しているかのようです。
バリ島でのプレゼン?
さて、突然、取引先から持ちかけられた一つの「機会」――インドネシアのバリ島でのとある1企業のイベントでプレゼンができるという話。あなたはどう感じますか?

「参加費は100万円。この『貴重な機会』を手に入れてみませんか?」
取引先企業は、おそらく弊社の社員からそんな声がけをされたことでしょう。
一見すると、販路を広げるかのようなお誘い。南国の楽園バリ島でのプレゼンの舞台が用意され、会社の顔として一躍注目を浴びる機会に見えるかもしれません。しかし、その裏にはビジネスの本質が隠れています。
会社が提示したのは、いわゆる「サプライヤー詐欺」に他なりません。利益を上げるために、サプライヤーに過大な負担を強いる「偽りのチャンス」――それが真実です。
なぜなら、契約を切る算段案が出ており、そのために色々な手段を講じている相手企業に対しても複数、誘いをかけているからです。

搾取と偽善の構図
この100万円は、会社の名誉のために払うものではありません。イベントを企画する企業(弊社)が取引先を狙い、金銭を搾取するよくある手法です。表面上は「ビジネスチャンス」、裏では利益だけを狙うさもしい計画。「たかり」そのものです。この詐欺的な戦略こそが偽善にハリボテされた利益追求の表れであり、社員を守るどころか駒として利用する体質、取引先であっても使えるものは使って搾取しようとする体制が如実に表れています。
ちなみに、声をかけたサプライヤーのうち、特に大手からは速攻でお断りが来たようです。
当然のように見えます。
この話を耳にした時、「恥晒し」と感じてしまいました。他の同僚たちも、私の周りは同じことを感じたようです。
6年ほど前までは超優良企業であったのに、目的のためには手段を選ばず、かつての品位を失ってしまったように感じます。上層人員がすべてすげかわってしまったのだから、当然かもしれません。まるで恥も外聞もない別企業のように変わり果てた姿は、残念でなりません。
第七章へ続く